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「CSV」で企業を視る/(21)長時間労働削減と共有価値創造

2014年07月01日 ESGリサーチセンター、村上芽


 本シリーズ21回目となる今回は、総合商社の伊藤忠商事株式会社が取り組む「朝型勤務」を取り上げ、長時間労働削減によって企業が得られるメリットについて考えてみたい。同社は、5大総合商社の一角を占め、繊維・機械・食料等の分野に強みを持つ。2013年度には増収増益を実現し、売上総利益は1兆283億円と業績は好調である。

(1)総労働時間の削減を、「夜型」から「朝型」の勤務にシフトすることで実現
 同社は、2013年10月から2014年3月まで、「朝型勤務」を試行実施し、成果が得られたために、2014年5月から労使合意に基づき正式に導入した。その概要は、以下のとおりである。
・深夜勤務(22時~5時)の禁止、20時~22時勤務の原則禁止
・早朝勤務時間(5時~8時)に深夜勤務と同様の割増し賃金支給
・健康管理の観点から8時前始業社員に対し、軽食を支給

 成果の内容は、同社ニュースリリース[1]にも詳しいが、国内約2,600名の社員を対象とした試行の結果、20時以降退館者が全体の約30%から約7%に、8時以前入館者が約20%から約34%に変化したことで、1カ月あたり平均約3,350時間の労働時間を削減できた。また、軽食の提供による費用は増したものの、早朝割増賃金も含めても時間外勤務手当が約7%減少し、併せて約4%のコストを削減できた。また、この他にも、電気使用量削減(6%)にも効果が出たとしている。社員からの反応を見ても、顧客や社内、家族とのコミュニケーションの充実や、自己啓発にかける時間の増加など、「メリハリのある働き方」を好感する声があげられている。
 正式導入にあたっては、「会社業績が好調である時こそ、より一層気を引き締めて業務の効率化を図り、常にお客様視点で対応できるよう、さらなる社員の「働き方」に対する意識改革を推進していく」とニュースリリースは結んでいる。
 「人が資産」と評される総合商社にあっても、ここまで「人の働き方」に踏み込んだ取り組みは珍しい。業績が好調だったから実施に踏み切れた側面も強いと考えられるが、本格導入した2014年度以降、コスト削減以外にも業績にプラスの影響を与えるような変化が見られるか(朝の方が、アイディア創出が活発になるなど)、定性・定量的な観測や結果公表を期待したい。

(2)長時間労働削減による間接的な効果
 同社にも、長時間労働が減少することで健康に有益な影響があるとの意見が寄せられているとのことだが、長時間労働が是正された場合に得られる企業経営上のメリットは、時間外勤務手当及び電気代削減に伴う直接的なコスト削減にとどまらない。
 第一には、疲労を介した健康問題の減少が期待できる。長時間労働と脳・心臓疾患や精神疾患の発症との関連性が強いことは、広く認められている。日本全体で2012年度に、長時間労働が原因で脳梗塞や心筋梗塞などを発症し労災認定された人は、前年度より28人多い338人に上る(うち死亡者は123人)[2]。さらに、精神疾患にかかり労災認定された人のうち、「1カ月80時間以上の時間外労働」を原因に挙げた59人を合わせると、400人近い人が長時間労働を原因として労災認定されたことになる。
 第二には、疲労を介した生産性の低下防止や、業務リスクの減少につながることが挙げられる。米国の研究[3]によれば、医療ミスの主要な原因のひとつに長時間労働による疲労が挙げられている(研究によっては19%。長時間労働に伴う睡眠不足も指摘されている)。また、金融業では、新BIS規制(バーゼルⅡ)が定めるオペレーショナルリスクに関する7つの損失のタイプの1つに、「労働慣行及び職場の安全」が含まれている。長時間労働は「労働慣行及び職場の安全」のなかでも結果の一部を示す事象にすぎないが、労働環境とオペレーショナルリスクの関係が決して無視されていないことが分かる。
 第三に、国別に長時間労働者の割合と労働生産性を比較してみると、生産性の高い国ほど、長時間労働者の割合が低い状況にあることがわかる[4]。ここで注目すべきは、長時間労働者が少ない国、すなわち、極端に業務時間の長い人が少なく、業務時間の偏りの小さい国では、ならして見れば高い生産性を出しているという実績があるということだ。これを企業に置き換えて考えると、誰かに過度の負担をかけることなく、「全員参加型」で仕事をするほうが、結局は効率がよくなる可能性を示唆している。

 長時間労働は、国連「経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会」が日本政府に対して2013年5月に行った37の勧告の1つに含まれる社会的課題である。これに対して、企業の事業環境にあわせ、どのように向き合うことができるか、さらに、企業業績への成果を可視化することができるか。難題であるだけに、期待し得る果実も大きい。伊藤忠商事株式会社の「朝型勤務」はひとつの手法だが、これがどのように定着していくか、今後も注目したい。


参考情報
[1]伊藤忠商事株式会社ニュースリリース、2014年4月24日、
http://www.itochu.co.jp/ja/news/2014/140424.html
[2]「厚生労働省 平成24年度脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況まとめ」より抜粋・試算
[3] Institute of Medicine of the National Academies (2008) “Resident Duty Hours: Enhancing Sleep, Supervision, and Safety”
[4] 労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2013」長時間労働者数の割合及び、日本生産性本部「日本の生産性の動向2012年版」

*この原稿は2014年6月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。

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