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地図とオープンデータの可能性

2017年05月01日 麻柄紀子


 「地理情報システム(Geographic Information System)」という名前を聞いたことがあるでしょうか。国土地理院によれば、GISとは「地理的位置を手がかりに、位置に関する情報を持ったデータ(空間データ)を総合的に管理・加工し、視覚的に表示し、高度な分析や迅速な判断を可能にする技術」とされています。あまりピンとこないかもしれませんが、簡単に言うと、地図の上に様々な情報を重ねて行くというものです。「地図」と言えばカーナビやスマートフォンなど、どこかへ出かける際に経路案内として使うものという印象をお持ちの方や、「地理」「情報」と聞くと自分とは関係なさそうだと思われる方が多いかもしれませんが、多くの場面で活用されている(あるいは活用できる)ツールです。
 日本での代表的なGISの活用事例としては、例えば自治体における上水道の管理が挙げられます。水道管の埋設位置、バルブ類の設置箇所などが地図上に整理されており、点検や工事の際に断水が起こるエリアを特定したり、水道管の太さ・材質・敷設時期などの情報から効率的な更新計画を立てたりするときに役立てられています。この他にも、都市計画や防災、道路といったインフラ関係の分野で多く活用されていますが、GISの活用範囲はハード面だけにとどまりません。地図上に重ねる情報次第では、ソフト面を含む様々な課題解決・意思決定に役立てることができ、海外に目を向けるとこのような活用方法が多く見られます。そのひとつとして、地域コミュニティの課題解決が挙げられます。以下の地図は本稿のために筆者が作成したものですが、活用方法の一案としてご紹介いたします。

例: 器具の販売規制を周知徹底することで、ドラッグに手を出す若者の増加を防ぐ
 地図中の青色で塗られた範囲は、米国カリフォルニア州ロサンゼルス郡に位置するイングルウッドという市です。ロサンゼルス国際空港に程近く、着陸直前の飛行機が低空飛行で通過するのがちょうどこの市の上空です。
 ロサンゼルス近郊でも特に治安に問題があるとされるイングルウッド市では、ドラッグに手を出す若者が増加しており、中でも特に(日本では絶対に考えられないことですが)、酒類販売店の一部で、吸引器などのドラッグを使用するための器具が(表向きはタバコ用の器具などとして)販売されていることが問題視されていました。住民コミュニティでは、このような店舗のオーナーに対して、ドラッグ器具販売の規制や若者への影響について知ってもらうよう働きかけたい……としましょう。
 イングルウッド市には、酒類販売店が100以上あり、全ての店舗に働きかけることは容易ではありません。そこで、若者の健全な育成という目的に基づき、ドラッグ器具を扱う店舗だけに対象を絞り、下校中の生徒を念頭に置いて学校に近い店舗から優先的に働きかけることにします。

 地図中の■印が市内に19カ所ある学校(小・中・高校)の位置を示しています。学校周辺の円は、それぞれ学校を中心として0.1マイル(約160m)、0.25マイル(約400m)の範囲です。市内の酒類販売店のうち、赤い◆印で示しているものがドラッグ器具を扱っており、しかも学校から0.1マイル以内にある店舗です。橙色の◆印で示しているものがドラッグ器具を扱っており、学校から0.25マイル以内にある店舗。黄色の◆印は、ドラッグ器具の扱いはあるが、学校からは0.25マイル以上離れている店舗です。その他、青い▲印が学校から0.25マイル以内に位置しているがドラッグ器具は扱っていない店舗、水色の▲印が学校から0.25マイル以上離れておりドラッグ器具の扱いもない店舗となっています。
 このように、学校の位置、酒類販売店の位置、ドラッグ器具の取り扱いの有無を地図に重ねれば、赤い◆→橙色の◆→黄色の◆の順に働きかければよいことが視覚的に分かります。
(出所:U.S. Census Bureau、California Department of Alcoholic Beverage Control、City of Inglewoodより筆者作成)

地図の可能性
 日本から遠く離れたイングルウッド市、しかも若者のドラッグ使用の防止というなじみのない話題ですが、地図に情報を重ねて分析を行うという手法の一例でした。もちろん日本でも活用できますし、重ね合わせる情報次第で、行政組織・民間企業・コミュニティ団体・個人といった立場の別や、ハード・ソフトを問わず、様々な問いに答えることができます。例えば、既存のバス停からの距離と人口分布をもとに新しいバス停の設置場所を検討したり、医療機関の位置・公共交通機関網・高齢者人口からアクセスの改善が必要な地域を特定したり、人口統計や競合店の分布から出店戦略を検討したりと、ここに挙げたもの以外にも多くの可能性が考えられます。
 地図を使わずに同じような検討をすることも不可能ではありませんが、GISを使うことで、情報の処理量・速度が大幅に向上します。先ほどのイングルウッド市の例では、100店舗以上ある酒類販売店の住所のリストをもとに、それぞれの店舗が学校から0.1マイル・0.25マイル以内にあるかどうかを、地図と見比べながら一軒ずつ分類することを想像していただければイメージしやすいかと思います。また、結果が一目で分かることも地図の利点です。具体像が共有されることにより、関係者間のコミュニケーションが活発化したり、建設的な議論が促進されたりすることにもつながります。

オープンデータが地図活用のカギ
 GISに限らず、何か分析を行う際は、材料となる情報を集めることが必要です。先ほどのイングルウッド市の例で用いたデータは全てインターネット上に公開されており、自由に手に入れられるものです。市の境界や道路のデータは米国国勢調査局が、酒類販売店の住所はカリフォルニア州アルコール飲料管理局が、学校の位置はイングルウッド市がそれぞれ公開しています。
 ここで使ったもの以外にも、米国の国勢調査は多くの調査項目が詳細な地域ごとに公開されているほか、自治体が管内の公開データを集めたポータルサイトを設けていたり、民間企業でも、例えば鉄道会社が駅や路線の情報を自由にダウンロード可能な状態でウェブサイトに公開していたりします。
 自由に手に入れられる材料が多ければ多いほど、幅広い分野を対象とすることが可能になりますし、分析の質も向上します。最近では日本でもオープンデータの取り組みが注目されていますが、米国の例と比べるとまだまだ十分とは言えない水準です。今後ますますこの取り組みが進めば、地図の可能性はさらに広がるでしょう。

 そうは言っても、行政や民間企業が積極的にデータを公開していく……という状況が簡単に実現できる訳ではありません。データを使う側の立場からしても、自由に使えるデータが増えることを望む一方で、一個人としてプライバシーの保護を望むのは当然です。例えば米国の国勢調査では調査区や項目がかなり詳細に設定されているため「貧困層が多い地区」や「高学歴の富裕層が多い地区」といった分類ができたり、警察当局が公開しているデータから「犯罪が多い地区」が一目瞭然だったりします。個人を特定するような情報でなくても、自分の住んでいる地域がこのように見られることを快く思わない人も多いと思います。「データを活用することによる便益の追求」と「プライバシーへの配慮」の一方に偏ることなく、バランスのとれた、あるいは両立できる仕組みが必要でしょう。
 また、情報を持っている側、特に行政組織は、プライバシーの問題を抜きにしてもデータを公開することにあまり積極的ではないように見受けられます。これまでは、蓄積された各種データをもとに、政府・自治体や政治家など限られた範囲のみが政策の企画立案を行ってきましたが、今後、オープンデータの活用に向けた取り組みが進めば、情報公開による行政の透明性の向上のみならず、政策立案過程への有識者・住民の参画、ひいては効率的な行政運営にもつながっていきます。本稿で紹介した米国の例では、民間シンクタンクや大学などの研究者、学生、コミュニティ団体、民間企業などが自由に研究・分析を行い、様々な形で結果を発信しています。これは、開かれた議論に参加できるという住民側へのメリットだけでなく、有識者の意見や住民の声を手に入れやすいという行政側のメリットでもあり、直接的・間接的にこれを政策立案に反映することができるというわけです。

 日本でも今後ますますオープンデータの取り組みが進み、行政の質や透明性が向上し、開かれた議論が促進されることが期待されます。その際には、複雑な情報を分析し、一目で分かりやすく表現できるツールとしての「地図」が、様々な課題解決・意思決定の場面で従前以上に活用されることが予想されます。したがって、行政・民間等の立場を問わず、GISが重要なスキルの一つになる時代もそれほど遠い将来ではないと言えるでしょう。



※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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