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学校教育の情報化と「スマートスクール」構想の実現に向けた展望(後編)
「スマートスクール」に関わる課題と今後の展望

2017年05月22日 佐藤善太


 本稿では、以下の三編に分けて、学校教育の情報化とデータ活用の動向、「スマートスクール」の実現に向けた課題と展望について論じている。
 
(前編)情報化の動向とデータ活用に向けた国の施策
(中編)教育改善に向けたデータ活用のあり方と国内外の事例
・(後編)「スマートスクール」に関わる課題と今後の展望

 前編・中編では、教育の情報化と学校現場におけるデータ活用の動向、「学習・指導プロセスの可視化」、「個に応じた学習・指導のカスタマイズ」、「学校・自治体・国レベルの教育改善」に向けたデータ活用の事例について確認してきた。また、データ活用は教育改善に幅広く貢献し得るが、日本の取り組みは米国をはじめとする先進各国に比べ遅れをとっていることを述べた。後編では、データを活用した教育改善に取り組む「スマートスクール」の実現に向けた課題を挙げ、対応の方向性・今後の展望を示したい。

まずはICT環境の着実な整備を
 第一の課題はICT環境整備だ。データ活用を効率的・効果的に進める上で、当然のことながら情報端末やネットワーク環境の整備と、学習系アプリや校務支援システムといったソフト面の整備は欠かせない。日々の学習・指導の中で自然にデータが収集・蓄積され、児童生徒や教職員にフィードバックできる環境を整えることがまず求められる。
 本稿の中で既に述べてきたとおり、次期学習指導要領で求められる各教科でのICT活用やプログラミング教育の実践に対応するうえでも、環境整備は欠かせない。世界の学校教育で加速するデジタル化の流れに、日本の学校だけが取り残されることのないよう、限られた予算の中でも着実にICTへの投資を行うことが必要だ。文部科学省では、今年度、学校でのICT機器・教材等の具体的水準を示す「教育ICT教材整備指針(仮称)」の検討を行うとしており、これも参照しつつ、自治体・学校において環境整備が進められることを期待したい。

データ活用の目的とユースケースを明確に
 データの活用と一口に言ってもその方法は多岐にわたる。学習指導要領の改訂、大学入試改革(現行センター試験から、知識・技能に加えて総合的な思考力・判断力・表現力を問う「大学入試希望者学力評価テスト」への以降等)といった国の動きや、自治体・学校の教育ビジョンに合致したかたちで、データ活用の目的・方向性を定めることが求められる。諸外国の場合、オランダでは、個に応じた教育を強化していくために、ナショナルプロジェクト(※1)の中で、児童生徒一人ひとりの学習プロセス・進捗状況を可視化するダッシュボードの開発・導入に向けた取り組みが進められている。一方で米国や英国では、学力格差の解消や教育水準の底上げ、学校評価・学校経営改善に向けたアセスメントデータの活用が重視されてきており(※2)、目指す教育の方向性に応じ、データの活用は異なっている。日本でも、国・自治体・学校それぞれで、データ活用の目的と方向性を定めることが重要といえる。
 その上で、具体的なデータ活用のシーンとプロセス(ユースケース)を明確化することが求められる。このとき、多忙な教員の負荷がさらに高まることは極力避けなければならない。また、児童生徒・保護者との面談や、校内研修、授業研究、教員評価・授業評価・学校評価など学校運営における定常的な活動の中にデータ活用を組み込み、定着させていく工夫も必要と考えられる。

情報セキュリティ・改正個人情報保護法への対応
 学校でのデータ活用を進める上で、情報セキュリティ対策は不可欠だ。教育情報化に向けて積極的に取り組みを進めてきた佐賀県で、教育情報システムと校内LANへの不正アクセスにより県立学校の生徒・保護者・教職員ら1万4千人以上の個人情報が窃取された事案は記憶に新しい。システム・ネットワークセキュリティに対する技術面の対応に加え、セキュリティに関する基本的な知識や意識の醸成、セキュリティ確保に向けた体制・運用の確立の重要性があらためて浮き彫りとなった。
 加えて、2017年5月30日から全面施行される改正個人情報保護法への対応も求められる。個人情報の定義の明確化(生体情報を変換したデータや免許証・マイナンバー・旅券番号といった公的番号を含めることを明確化)、要配慮個人情報の新設(人種・信条・社会的身分・病歴・障害・前科・犯罪被害状況など取り扱いに特別の配慮を要する情報を定義)、外国にある第三者への個人データの提供の制限(特定の場合を除き本人同意を必要とする規定を新設)など、学校にも影響を及ぼす改正が行われた。一方で、匿名加工情報(特定の個人を識別することができないように個人情報を加工したもの)についての定義が加わり、所定の手続きに従えば匿名加工情報を本人同意なく活用できると規定されたことより、新しいデータ活用の可能性も開かれた。
 改正法に関するガイドラインは既に示されているが、教育ICTの分野では、子どもの情報を扱う特殊性に配慮する必要があり、業界特有の事情を踏まえた共通ルールを策定することが望ましい。これに関し、米国では2014年に児童生徒のプライバシー保護に関する業界の自主ルール(Student Privacy Pledge)が作成された。児童生徒の個人情報を販売しないこと、ターゲット広告を行わないこと、必要な期間を超えてデータを保持しないことなど、12の誓約内容を示した法的拘束力を持つもので、これまでに300を超える事業者がルール遵守を誓約している。全米学区協会、米国PTA、州教育長協議会など教育関係機関もこの取り組みに賛同している。
 自主ルールは、事業者にとっては自らの情報管理の取り組みについて学校側に示すツールとなり、学校側にとっては基本的なプライバシー管理を履行する事業者を見極める材料となるため、日本でも事業者・教育機関双方にメリットをもたらすだろう。なお日本の場合、改正個人情報保護法において、個人情報の適切な取り扱いを推進する業界団体(認定個人情報保護団体)を認定し、同団体が業界の実情に即したルールづくりや、加盟事業者の情報管理に関する指導・苦情の処理を担う枠組みが設けられているが、教育ICT分野の認定個人情報保護団体は現時点で設立されていない。学校における個人情報管理や、匿名加工情報の活用に向けた共通ルールづくりのために、認定個人情報保護団体の設立を検討すべきではないか。

データ活用の体制を整え、エビデンスを重視する文化を築く
 学校・教育委員会などにおいて、データを定常的に活用していくための体制づくりも求められる。その際、特定の教員だけではなく、組織全体としてデータ活用を推進する体制を整えることが、エビデンスを重視する学校文化を築くことにつながるだろう。
 体制づくりに向けた取り組みとして、例えば、学校内での授業研究や教員研修、教育委員会における研修を通じてデータ・リテラシー向上を進めていくことや、データシステムを提供する事業者による研修メニューを活用することが考えられる。その他、一定の専門性を持ってデータ活用の推進に従事するスタッフを配置することも考えられる。筆者が以前現地調査した英国では、中学校に学校でのデータ活用を推進する事務系スタッフである「データ・マネージャー」を配置することが一般的になってきているという。単独の学校で雇用することもあるが、いくつかの学校が連携してデータ・マネージャーを確保するケースもあるとのことだった。日本の場合、学校でのICT環境の運用や活用をサポートするスタッフであるICT支援員にこうした役割を求めることや、教育委員会単位でデータ活用を推進する担当者を配置することが考えられる。

データの円滑な連携に向けた技術標準化の必要性
 データ活用を効率的・効果的に進めるためには、様々なシステム・アプリ上のデータを円滑に連携させることが重要となる。まずは、児童生徒の属性・出欠・成績・指導要録・保健関係情報などの校務データを一体的に関する校務支援システム(統合型校務支援システム)の導入が必要となる。こうした校務データは複数のシステムや紙の帳票で分散管理されているケースも多いが、統合型校務支援システムを導入して、データ活用の円滑化と校務処理の効率化につなげるべきだ。その上で、校務データと学習系アプリ上のデータの連携を図ることが重要である。米国や英国の校務支援システムは、学力アセスメントを行うアプリなどと連携して学習面のデータ分析も行う機能を提供しているものが多い。日本でも、校務支援システムをハブとして、多様なデータの活用を可能としていくことが望まれる。
 そのために、技術面の標準化を進めることが求められる。英国・米国では、学校システムで扱うデータ項目やデータモデルに関する標準規格(例:CEDS、CBDS)、データを複数のシステム間でやり取りするための標準規格(例:SIF、Ed-Fi)などが政府・民間団体により策定されている。日本でも国の実証事業を通じた各種ガイドラインの整備、業界団体における学習・校務データ連携に向けた標準規格の検討等が進められてきているが、国・自治体・教育機関・民間事業者の連携の下でこうした取り組みを加速させることが必要だ。

おわりに
 ここまで三編にわたり、教育情報化とデータ活用の動向・事例、データ活用の有効性と課題について論じてきた。後編で見たように、データ活用の推進に向けた課題は多く、諸外国に比べた取り組みの遅れも見られるのが現状だ。
 ただし、それだけにデータ活用が日本の学校教育の質を今以上に高めていく可能性も大きいともいえるだろう。もとより、日本の学校教育は国際的にも高い評価を受け、国際学力調査においてもトップレベルの結果を残してきた(※3)。もちろん、学校間・地域間の学力格差、学習意欲の低下、教員の多忙さと授業研究にあてる時間の不足など問題は山積しており、将来を楽観視することはできないが、それでも学校現場の優れた教育実践の積み重ねが実りをもたらしてきたことは事実である。その実践を時代に合わせてよりよいものへと改善できるよう、行政・教育機関・民間事業者の連携の下で課題を一つずつクリアし、ICTとデータの活用を進めていくことが重要だ。

(※1)Doorbraak Onderwijs & ICT。詳細は下記参照
(※2)米国では連邦教育省教育技術局が発行している教育ICTに関する計画(2017 National Education Technology Plan Update)の中で、アセスメントデータの学習・指導への活用の重要性を述べている。英国では、筆者が2016年に実施した訪問調査で教育ICT業界団体へのヒアリングを行ったところ、学習・指導改善、学校経営改善、学校監査対応のためにアセスメントシステムを活用することがトレンドになっているとのことであった。
(※3)3年に1度実施されているOECD生徒の学習到達度調査(PISA)の結果は一時低迷が見られたが、最近の2012年、2015年調査では調査参加国中の順位が向上し、トップクラスの成績を収めている。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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